
カメレオンワークス 代表 上田昇辰
「幻想と喧噪の記憶 —新開−」
私は、「明神さん」の愛称で親しまれている神社のほとりで産まれ育った。私が子どもの時分、新開地区は大変に賑わっていた。兄と机を並べていたあの頃、こっそりと遅くまで夜更かししていると、通りから大人たちの陽気な声や恋をささやく声、怒号、様々な賑わいが聞こえてきていた。幼心に、魅惑的で楽しげな大人たちの世界を垣間聞いていた。
昼間、新開地区は鬼ごっこの格好の場所だった。キャーキャー声を出して、細い路地を鬼に追われ走り回る。すると、よく長屋の2階から静かにしろ!と怒鳴り声が聞こえてきたものだ。昼間に遊んで何が悪い?と遊びを続けていると、バケツの水をかけられたこともあった。
今思えば、日が暮れて動き出すこの地区は、昼間は眠っている町なのだ。
そんな喧噪も時とともに徐々に少なくなり、私が大学へ、就職へと、尾道を離れている間に、すっかりと人が少なくなっていった。煌煌とついていたネオンサインや大人たちの喧噪は徐々に薄れていった。
もう新開はダメだ。昔はすごかった。
よく耳にする言葉。本当にだめなのか。
しかし、徐々にではあるが、新たな取り組みや若い出店者がいる。小さな灯りかもしれないが、その小さな灯りが徐々に増えていけば、幻想と化したあの喧噪が再びやってくるかもしれない。
私はここ新開に、若手デザイナーやクリエイティブな人間が集まって、クリエイターオフィスをかまえれば良いと思っている。クリエイターの夜はなにかと遅い。創作物は概して夜になるものだ。仕事終わりに一杯なんてことも、新開なら容易だし、近くに開いているお店があるというのは心強いものだ。
また、デザイン性と酒場の融合が、新しいコンテンツを生み出すかもしれない。
そうすれば、今までの新開の歴史に新たな一歩が刻まれる。かもしれない。
そんな日を想いつつ、今夜は新開へ繰り出そうと思う。